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『ハロースクール、バイバイ』(マームとジプシー) [演劇]

 《時間》を切り取る独特の方法論が新しいマームとジプシーの芝居は、芝居の新しい局面を見せてくれているようで興味深い。

 客席の奥まで響く良く通った声を朗々と発するような芝居らしい芝居ではなく、ボソボソと囁くような喋り方は現代口語劇の流れになるのだろうが、会場が割とこじんまりしているせいもあり、すんなりこちらに入ってくる。その反面、じゃあ700~1000人規模の会場になった場合、同じ喋り方の芝居は成り立つのか? とか、素人ながらに思ったりもするが。

 内容はタトルが端的に語るように、新しく転校してきた少女が、誘われるままバレー部に入部し、なんとか新人うく戦に出場したのもつかの間、また学校を去ってゆくというもの。話だけを取り上げると、特にどうということのない平凡な話だ。
 それじゃあ、その平凡な話のどこが面白いんだよと、問われれば、その語り口、といおうか、表現方法が独特なのである。
 まず、開演早々、バレーの試合が始まる。物語は現在行われているバレーの試合中に脳裏をよぎる過去の回想という形を取る。それだけならまあ、取り立てて気にすることもない。強いて挙げれば "映画" 的な手法となるのだろうが。
 その回想が、同じように何度も試合中に現れては繰り返されるのだ。また同じ場面かよ、、、と思いながら眺めていると、あれ? ちょっとだけ違う・・・、ということに気づく。そしてそれは主人公の少女だけではなく、他の登場人物の回想であるのが分かる。
 こうして回想する人物を変えてゆきながら、それぞれの想いが同じ重要性を持って、重ね塗りをするように展開されてゆくのだ。
 さらに回想は必ずしも時間軸に沿っているわけではないため、色々な回想が、あちこちに顔を出し、まるでジグソーパズルを組み立てているような錯覚に陥る。この感覚はこれまでに味わったことがなく、新鮮だ。
 
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