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『ワタシんち、通過。のち、ダイジェスト』(マームとジプシー) [演劇]

 この前観たフルタ丸以来、なんとなく芝居っていいなあ・・・と、再認識させられた。フルスクリーンの映画もいいけれど、それとは違った魅力が芝居にはあるから。
 声を荒げたり、で、その声がかすれてたり、汗をかいたり、息が上がったり、目の前に人の息使いがあることの事実。
 
 マームとジプシーを観るのはこれで3回目。途中、仕事の内容が変わった(部署変えですね)のと、娘の受験等で、もちょっとエアポケットに入り込んだ時期だったことが重なったこともあり、この1年ほどは観ていない。

 結論から言うと、久々に観たマームとジプシーは、やっぱり面白かった!!

 それもかなりパワーアップされた感じで、以前にも増してスピードに溢れ、これは彼らの表現形態をかんがみても、ある種の到達点になるんじゃないのかと思わせるものがあった。
 
 マームとジプシーの表現形態は、反復。音楽に例えればミニマル・ミュージック。しかし、ミニマル・ミュージックが緩やかな反復が基本になっているのに対し、彼らのそれは早さを伴った反復だ。今作はそこの部分がこれまで以上に先鋭化され、まるでバレエのビルエット(軸足を支えにしてで回転するやつ)のよう。それがひとりではなくて、全員が渦になっていく感覚と表現したら分かりやすいか。
 それに加え、反復度数というか頻度が、これまで以上に増加しているようで、いちいち数えていないが、同一シーンを20回くらいは繰り返していると思われる。

 マームとジプシーの場合、曖昧としたタイトルの付け方も興味深く、まるでモールス信号のような単語の断片が、想像力を刺激したりする。それも含め、ある程度考えないと楽しめない芝居であるとは思う。
 しかし、いったん頭の中をリセットして、まっさらな状態で接すれば、必ず新鮮な驚きをもたらしてくれることだけは確かだ。

 書き忘れるところだったが、今作のテーマは「家」。
 100年続く田舎にある実家が取り壊されることになった。そこには老齢のおばあちゃんしかいない。
 彼女の子どもたちは家を出て、自分の家庭を築いている。さらにその子どもである姉妹も、家庭を持ったり、ひとり暮らしをしたりして、それぞれの生活を生きている。だから、実家は遠いものになってしまっていたのだが・・・。

 「家」を巡る家族の記憶と、時間、現在と未来のお話。



 ※ まったくの偶然なれど、我が家の目の前の家が、建て替えのため、取り壊された。それも芝居を観た翌日に。これって、シンクロニシティ???


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